『国宝』と『グラスハート』
今年話題のふたつ。
とにかく『国宝』は友人知人、鑑賞後に絶賛の嵐という印象だった。SNSを眺めていると一日に一回は感激のポストが流れてきた時期があったほど。それだけすごいならぜひ観たい、と私も興味をそそられて映画館に足を運んだ。観たのは7月だった模様。2ヶ月経ってしまった。
ここまでの書き方からなんとなく滲んでしまっていると思うが、そこまで感動することはできなかった。それは私と歌舞伎の世界にあまりにも距離があり、その世界にリアリティを感じないから(自分の実感として、という意味です)とは言える気がする。演者はみなとんでもなく素晴らしかったが(特に黒川想矢さんがすごかった)、そこで繰り広げられる文化のようなものにそこまで関心が持てなかった。私が無知ゆえ、と言っていいと思う。
そして先日Netflixの『グラスハート』を観た。こちらは『国宝』とは対照的なタイプの盛り上がり方をしている印象で、特に観るつもりはなかったのだけど、ぜひ観て感想を聞かせてほしいと友人にすすめられたので観てみた。勧められたら割と観るタイプなので。
観ていて何度も思ったのは、あれ?これ『国宝』と同じじゃないか?ということだった。別にストーリーが同じとかいう話ではないんだけど、『国宝』は歌舞伎の、『グラスハート』はロックバンドの、美学なのかしきたりなのか理想郷なのか、結局「文化」ということになるのだと思うのだけれども、まあそんなようなものが描かれており、演者たちはその世界の人としてかなり忠実に生きている、という印象だった。私はいくらかロックバンドという文化には馴染みがあるため、余計にそれを感じた。主役級のひとたちはみんな演技がうまかった。漫画が原作ということだけど、漫画というジャンルが持つフィクションな夢物語のエッセンスというか、ある種の白々しさやわざとらしさ、都合の良さもしっかりと内包されており、それも含めてうまいと感じた。
というわけでふたつの作品に対する私の感想はかなり近しいものとなった。
演じるということは模倣するということで、自分ではない他者になり切るということだ。そのプロセスに対するリスペクトは多分にあるものの、結局私にとって重要なのは作品が持っているメッセージであるのだな、と改めて実感した鑑賞体験だった。どちらの作品も、特に感情移入できるキャラクターがいなかったというのもあるかもしれない。
結局あれなのかな。「文化がちがーう!」(ヒストリエ)